Super OYAJI Fes.2019 ファイナリスト インタビュー  vol.5

喜怒哀楽スタッフ
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2019.11.07

Super OYAJI Fes.2019 ファイナリストインタビュー第5弾!!!

新宿バリケードの皆様にお話を聞きました。

新宿バリケード

「ギターボーカル担当」赤鹿

「ドラム担当」 KJ

「ベース担当」 ショウコ

 

インタビュアー「本日はよろしくお願い致します。まず音楽とバンドを結成するきっかけを教えて下さい。」

赤鹿「小学校の時にローリングストーンズと出会って音楽が好きになり、大学の時に初めてバンドをして、2回生からオリジナルのパンクバンドを結成しました。卒業してから就職して音楽をやらなくなりましたが、39歳で転職してもう一度音楽をしたいなということで、そこから5年間はアコースティックデュオをやってました。それでアコースティックに飽きてきてバンドしたいなって時に一番星食堂でKJと出会って、そこから2006年に最初は2人組ギターとドラムで組んで、オリジナルをやりだしました。本当はベースを探したかったんですが、伝手もなかったし適任者もいなかったのでなしでもいいやってことで4年ほどやってました。東京にも行きましたね。笑 それで音楽的に幅を広げたいなってことでベースを探してるときに一番星食堂のカウンターで出会ったのが現在のベースのしょうこちゃんですね。まだベース歴6か月ってのはいっしょにスタジオに入った時に初めて知ったんですけども。笑 そこから毎週スタジオに入って、今では新開地のNO.1女性ベーシストになってしまいましたね。笑笑 その後にある曲をきっかけにピアノが欲しいなってことで、キーボードのレキちゃんに2015年に一番星食堂のカウンターで知り合いました。笑 」

 

KJ「ドラム自体は社会人になってからなんですけど、中学の時にブラスバンドをやっていて、その当時はトランペットやってました。中学卒業してからは一切やっていなかったんですけど、24,5歳の時に会社の同期にイベントやるのに予定してたドラマーが都合悪くなったから悪いけどドラムをやってくれへんてことで、二つ返事でいいよって応えました。笑 まあその時ドラムなんて全くやったことなかったんですが、2か月後にそのイベントということで猛練習しました。笑 それからずっとドラムをやってますね。」

 

ショウコ「私は3歳から5歳の間にお母さんがおもちゃのピアノを買ってきてそれで弾いたらその音が奇麗だったので、それで習ってみるかということでピアノ教室に行きはじめたのが最初でした。小学校の頃は美空ひばりが好きで、当時はVHSだったんですが、擦り切れるくらい見てモノマネをずっとしてました。笑 極めましたね。笑 中学校に入ってからはドリカムとかジュディマリが好きでした。ベース自体はこのバンドに加入する半年くらい前に始めまして、その前に違うバンドに入っていたんですが、決裂してしまってベースにすごいはまっていたので探そうと思って一番星食堂のマスターに相談しにいこうとしたその日に見つかりました。運命ですね。笑」

 

赤鹿「それで前にバンドでベースをしていたと聞いていたのでスタジオ入ったんですが、初めて6か月という事でやっぱりそこまで弾けてなかったんですが、KJがリズムはすごい良いということで加入しました。笑」

 

インタビュアー「音楽イベントは定期的に出演したりしてるのですか。」

赤鹿「そうですね、結構出たりしてますね。和歌山であるおやじバンド大会にも出演したりしました。僕たちは、メジャーデビューを目指しているのでおやじバンド大会に出るのは抵抗がありました。若者たちと対等に勝負してっていうのが心の中にあります。ただ戦略としておやじバンド大会に出て何かのきっかけになれば良いなと思いまして。笑 でも閉鎖的なイベントよりもクリエイティブなものに出演したいという気持ちは強いです。通常のライブハウスだと、やはり若者中心になってしまい、何歳になってもクリエイティブな音楽を作り真剣に音楽に向き合っているおやじ達の行き場が、現在あまり無いと思います。そういう熟年者が真剣に音楽を作って、みんなに聞いてもらえるようなかっこいい新たなジャンルを作りたいですね。まあおやじという響きが僕はあまり好きではないので、違うかっこいいネーミングをいっしょに考えましょう。笑」 

インタビュアー「はい、ぜひお願いします。笑 Super OYAJI Fes.がそういった場所になるようにがんばります。本日は誠にありがとうございました。」

 

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関西最大のおやじバンドフェス|SuperOyajiFes.2020(スーパーおやじフェス2020)