【暴君と呼ばれた天才】オルフェーヴル 凱旋門賞という宿命

喜怒哀楽スタッフ
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2026.02.28

オルフェーヴル

彼は三冠馬だった。

だが、
“完璧”ではなかった。

むしろ、真逆だった。

 

■ 三冠は「支配」だった

2011年。

皐月賞。
ダービー。
菊花賞。

菊花賞 の直線は異様だった。

最後方から、馬群を飲み込む。

あれは追い込みではない。

破壊だった。

日本は確信した。

「怪物だ」

 

■ だが、制御不能だった

2012年
阪神大賞典

圧倒的1番人気。

向正面で先頭へ。

そして突然、失速。

外ラチへ向かう。

止まる。

観客は静まり返った。

レースをやめた。

だが再び走り出す。

そして2着。

勝ったのではない。

常識を壊した。

天才は、暴君でもあった。

 

■ 凱旋門賞2012

舞台は
凱旋門賞

パリ。

重い芝。

世界最強の舞台。

直線、突き抜ける。

完全に抜け出した。

日本が勝つ。

そう、確信した。

だが――

残り200m。

外へ。

集中を失う。

ソレミアに差される。

2着。

日本中が崩れ落ちた。

 

■ なぜ逸れたのか

彼は繊細だった。

気性が激しく、
スイッチが切れる。

だから暴君。

だが、それが彼の個性だった。

完璧なら、
あのドラマは生まれなかった。

 

■ 2013年、再び挑む

「今度こそ」

だが結果は再び2着。

凱旋門は遠い。

だが世界は認めた。

“日本の三冠馬は本物だ”と。

 

■ 池添謙一との絆

池添謙一

何度も振り落とされそうになりながら、

乗り続けた。

暴れる天才を理解できたのは、

彼だけだった。

 

■ 最後の有馬記念

2013年
有馬記念

直線、圧勝。

怪物のラストラン。

池添は泣いた。

観客も泣いた。

凱旋門は勝てなかった。

だが――

オルフェーヴルは伝説になった。

 

■ オルフェーヴルが残したもの

勝利数ではない。

賞金でもない。

“震える直線”

それだ。

あの100mは、
今も競馬史に刻まれている。

 

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