【第2回】戦後競馬はどう復活した?高度成長期と国民的ブームの真実

喜怒哀楽スタッフ
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2026.02.25

戦争で一度止まった日本競馬。

しかし戦後わずか数年で、
競馬は“国民的娯楽”へと復活します。

なぜそこまで急成長できたのか。

そこには、日本経済の復興と
深く結びついた物語がありました。

 

1948年、新競馬法の制定

戦後の混乱期を経て、1948年に新しい競馬法が制定。

これにより、現在の中央競馬の枠組みが整います。

のちに
JRA日本中央競馬会
へと発展する制度が形づくられました。

競馬は“公営ギャンブル”として
正式に再スタートします。

 

高度経済成長と競馬ブーム

1950年代後半〜1970年代。

日本は高度経済成長期へ。

人々の生活に余裕が生まれ、
娯楽需要が拡大します。

その中で競馬は、

・週末のレジャー
・夢を買える場所
・一攫千金の象徴

として急速に広がりました。

 

テレビ中継が変えた競馬

テレビの普及も大きな転機でした。

自宅にいながらレースを観戦できる。

これにより、競馬は
一部の愛好家のものから
“全国民が知る存在”へと変わります。

 

名馬の誕生が人気を後押し

1960年代以降、

・シンザン
・テンポイント
・トウショウボーイ

といったスター馬が登場。

ヒーローの存在が
競馬人気をさらに押し上げました。

競馬は単なる賭け事ではなく、
“ドラマ”になったのです。

 

競馬場はレジャー施設へ

この時代、競馬場の整備も進みます。

観客席の拡張
芝コースの改良
賞金増額

競馬はビジネスとしても拡大。

公営競技の中でも
圧倒的な売上規模へ成長していきます。

 

なぜ戦後競馬は成功したのか?

法制度の整備
経済成長とのリンク
メディアの力
スター馬の存在

これらが重なり、
競馬は“文化”へと昇格しました。

 

第2回まとめ

戦後競馬は、

・1948年の新競馬法で再出発
・高度成長期とともに拡大
・テレビが人気を全国化
・名馬が国民的スターに

次回は、

「オグリキャップが地方競馬を救った理由」

競馬史最大級のドラマを解説します。

 

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