【奇跡の復活】 トウカイテイオー 有馬記念1993という物語

喜怒哀楽スタッフ
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2026.02.28

1993年12月26日。
中山競馬場。

それは勝利ではない。
物語だった。

トウカイテイオー

競馬史に残る“奇跡の復活劇”は、
ここから語り継がれる。

 

■ 無敗のダービー馬

1991年、日本ダービー。

父は皇帝
シンボリルドルフ

父と同じく無敗でダービー制覇。

完璧なフォーム。
気品。
華やかさ。

トウカイテイオーは
“皇帝の後継者”と呼ばれた。

未来は約束されていた。

 

■ そして、誰も信じなくなった

だが1992年、左前脚骨折。

戦線離脱。

半年後、復帰。

そしてまた骨折。

また離脱。

栄光は、何度も断ち切られた。

トウカイテイオーは

“最強のダービー馬”から

“壊れやすい天才”

と呼ばれるようになった。

1年。

364日。

その間に競馬界は変わった。

絶対王者
ビワハヤヒデ
が現れた。

完成された強さ。

時代は、もう移り変わっていた。

「もう終わった馬だ」

「ダービーがピークだった」

誰もがそう言った。

だが、ファンだけは待っていた。

 

■ 有馬記念当日

1993年、有馬記念。

有馬記念

ファン投票で選ばれる、年末のグランプリ。

パドックに現れたテイオーは
以前より細く見えた。

歓声はある。

だが、不安もあった。

「本当に大丈夫か」

負ける姿よりも、
壊れる姿を見たくなかった。

 

■ 田原成貴の覚悟

鞍上は
田原成貴

彼は知っていた。

この馬は特別だ。

だが脚は万全ではない。

勝利よりもまず、

「無事に帰ってきてくれ」

それが本音だった。

 

■ 直線、奇跡が起きる

4コーナー。

外へ持ち出す。

前にはビワハヤヒデ。

脚色は同じ。

いや、違う。

伸びている。

あのフォーム。

あの加速。

スタンドがざわめく。

「来た…」

歓声が波になる。

そして、交わす。

抜き去る。

ゴール。

掲示板に表示された

1着 トウカイテイオー

中山競馬場が揺れた。

「有馬記念レース映像」
https://youtu.be/s_sba-Tv0oA?si=tB8gqX7UAHu6eJmI

 

■ 誰よりも泣いていたのは

田原は首を叩きながら言った。

「ありがとう」

そう見えた。

ファンは泣いた。

記者も泣いた。

厩舎スタッフも泣いた。

なぜならこの勝利は、

“速さ”への勝利ではなく、

“時間”への勝利だったから。

364日。

待ち続けた時間。

信じ続けた時間。

そのすべてが報われた瞬間だった。

 

■ 競馬は残酷だ

怪我をする。

世代は変わる。

忘れられる。

それが競馬。

だがこの日だけは違った。

努力が報われた。

待ち続けた想いが報われた。

 

■ トウカイテイオーが残したもの

G1の数ではない。

賞金でもない。

血統でもない。

彼が残したのは、

「諦めなければ、奇跡は起きる」

という証明。

トウカイテイオーの有馬記念は、

勝利ではない。

希望だ。

そして今も、
あの直線は、競馬ファンの心の中で走り続けている。

 

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