はじめに:
今回は、千利休の茶事でよく登場している「酒ビテ」を作ってみます。仙台藩の歴史書『伊達治家記録』には、戦国時代の美食家としても有名な伊達政宗が、徳川家光を江戸の仙台藩邸に招いた際に出した懐石料理として「酒ビテ」が記録されています。戦国時代には大名などの身分の高い人だけが食べられたご馳走であることがわかります。
■「南方録」について
茶道を大成させた千利休の茶の湯や料理に関する見解を弟子が聞いて記した書物が「南方録」です。「南方録」は、利休の高弟である南坊宗啓という僧侶によって執筆されました。利休の生存中に校閲を受け、文禄2年(1593)に完成したとされています。
ところが、宗啓は「南方録」を完成させた翌月に庵を出て行方知れずになります。宗啓とともに「南方録」の行方も不明となっていました。ふたたび「南方録」が世に登場するのは、100年後の貞享3年(1686)のこと。黒田藩士で茶人でもあった立花実山がたまたま稿本の書写を発見しました。
「南方録」はその後も「秘書」とされ、その内容が広く流布するようになったのは、江戸時代後期になってからです。江戸幕府の大老で茶人でもあった井伊直弼の茶の湯の著書「茶湯一会集」にも「南方録云」として引用されています。「南方録」は、千利休の茶の湯や料理に関する見解を知る貴重な資料です。
■「南方録」に記されているレシピで「酒ビテ」を調理
「酒びたし」といえば新潟の村上市で作られる「鮭の酒びたし」が有名ですが、「南方録」に記録されている千利休の茶事で出された「酒ビテ」の調理方法は、「魚や鳥類の肉を新鮮なうちに刺身にして、酒に浸しておく」とあります。今回は「南方録」に記されているレシピで「酒ビテ」を調理してみます。
【材料】
・お酒(日本酒)
・塩:適量
・魚(鯵)
【「酒ビテ」の作り方】
①魚(鯵)まるまる一尾、または冊になった刺身用のものを購入します。
②魚(鯵)を刺身にします。
③お酒に塩適量を加えて溶かしたものに②の刺身を3時間ほど浸します。
まとめ:
今回は、「南方録」に掲載されている「酒ビテ」を作ってみました。「南方録」は千利休の茶道や懐石に対する見解が唯一残されている貴重な書物です。「南方録」に掲載されている「酒ビテ」というだけで、お客様の注目が集まることは必至。簡単に作れるのでぜひ試してみましょう。