日中は未だ汗ばむような暑さが残るものの、夕暮れの風は間違いなく秋。寝室の窓を開けて寝ると、肌寒さで目が覚めてしまうようになりました。酷暑に疲れた体を癒してくれる、豊かな実りを楽しむ季節の到来です。
人を満ち足りた気持ちにしてくれるのは、旬の食べ物だけではありません。音楽も心の大事な栄養素。
春夏秋冬いずれにも、季節をテーマにした曲が存在します。ことに秋の有名な曲は古今東西、国を問わずたくさんありますね。ジャズならば真っ先に「枯葉」を挙げる方が多いのではないでしょうか。
今回は個人的にちょっとひとひねりした観点から、秋におすすめの2曲を選んでみました。
’Tis Autumn
タイトルはずばり「Autumn=秋」。いったいどこがひとひねり? ですよね。しかもこの曲自体、ジャズのスタンダードとして有名なもののひとつ。
ところが、筆者が数年ジャズライブに通った中で、これが演奏されたことは今まで1度もありませんでした。なのに今年は既に2回、まったく違うミュージシャンのライブで聴く機会を得たのです。この後も数度聴くことになりそうな予感が……。
これにはちょっとした訳があります。ミュージシャン内での「流行り」とでもいいましょうか。誰かが何々という曲を演ったよという情報は Facebook などの SNS を通じ、即座に大勢の人に伝わります。それを読んだミュージシャンが「あ、そういえばそんな曲もあったね」「演ってみようか」となり、その輪がどんどん広がっていったりします。もちろんそれだけではありませんが。
「’Tis Autumn」は1941年にヘンリー・ニモによって作詞・作曲された楽曲。
日本人にあまり馴染みのない「’Tis」という言葉は、英語の古語で「It is」の略です。詩的表現として現在も使われているようですね。ウィキペディア(英語版)によれば、最初に録音したのはナット・キング・コールだそうです。他にはエラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエなどの大御所が歌っていますよ。今回は笹島明夫さんのギター演奏でご紹介します。ご自分で別々にソロとバッキングを演奏されたものをミックスしてあるという、ユニークな動画です。
秋にぴったりな、優しく深い空気感を纏った音色をお楽しみください。
White Forest
日本語にすると「白い森」。大抵の方は、雪に覆われた森をイメージすることでしょう。
先日、ライブ仲間の Y さんという女性に「今度の記事テーマは秋の曲なのだけど」と話をしたところ「これはどうかしら?」と提案された曲です。作曲・演奏は今大人気のピアニスト、ハクエイ・キムさん。筆者もハクエイさんのライブには幾度か訪れています。
関東在住の Y さんは時折、リフレッシュのため北海道旅行に行くのだとか。お気に入りのブーツを履き、足取りも軽く秋の札幌・イチョウ並木を歩いた時、この並木道にぴったりの曲だと確信した、と熱心に語ってくれました。ちなみに、札幌はハクエイさんが育った街でもあります。ハクエイさんファンの彼女は、そういったところでも感ずるものがあったようですよ。
Y さんが教えてくれたのは、2011年に発売されたアルバム『トライソニーク』収録の曲ですが、残念ながらこちらは YouTube にアップされていません。Amazon でごく一部が試聴できますので、そちらへのリンクをはっておきます。
『トライソニーク』 White Forest ハクエイ・キム
2018年リリースのアルバム『レゾナンス』には、サブタイトルに(The Entrance)(The Exit)がついた、2つの「White Forest」が収録されています。今回はこちらから(The Entrance)をご紹介しましょう。美しくはじける右手の音と、それをしっかり支える左手の織り成す鮮烈な世界をどうぞ。皆さんの脳裏に浮かぶのは雪をかぶった森? 色づくイチョウ並木? それとももっと別の何かでしょうか?
タイトルと曲に関するプチ考察
あるミュージシャンの方は「自作曲に後からタイトルを付けるのにはとても苦労する。タイトルにとらわれ過ぎて、聴く人のイメージを限定するのもどうかと思うし」とおっしゃっていました。こういうタイプの曲でしたら、タイトル以外の想像を膨らませて聴くのに抵抗は少ないかもしれません。
何か具体的なものにインスパイアされてできた曲の場合、その何かをタイトルに冠するでしょうし、聴き手もそれを知っていれば、タイトルイメージを強く胸に抱きつつ耳を傾けるのではないでしょうか。また、ボーカルが入って歌詞が歌われる場合も、その内容に寄り添って聴くことが多いかと思います。
後者の場合、タイトルから離れたイメージを持つことに対して、作者や演奏者に対して失礼ではないかと懸念される方がいらっしゃるかもしれません。しかし、明らかに楽曲を貶めるようなものでない限り、許されることだと筆者は考えます。時に感性の翼を別方向に広げて聴くのは、作者・演奏者に対する敬意の表れのひとつではないかとも。歌詞が歌われている場合はなかなか難しいところですけれど……。
ハクエイさんはどちらのパターンでこのタイトルを付けられたのでしょうね?
今回は秋に相応しく(?)少し難しいことを考えてみましたが、無心で音の世界にどっぷり浸るのも乙なものです。皆さんの気持ちに合ったスタイルで、素敵な音楽を楽しんでくださいね!